その日、予定のキャンセルが入った。
丁度その時、まだ会ったことのない彼から何気ないメールが来た。
これはと思い、逆にこちらから「そっち行っていい?」とお誘いした。
車で1時間かっとばし、20時頃デニーズで合流した。
「凄い行動力ですね」
いやいや、キャンセルがあったとは言わないが、これくらいどうってことない。
褒められて段々居心地が悪くなった。
彼と、ビジネスや会社のこと、ファミリーのことなど話をしたが、ことある毎に
「凄いですね!」「尊敬します」などと言われた。
日常を話していただけだ。
だから、「自分など大したことない。なんでもない人だ」と
自分の居心地の良い位置に修正しようとした。
「謙遜しないで下さい!さっきまでの自信はどこいったんですか!?」
おいおい、俺の事どうしたいんだ?出来る人ってレッテル張って鼓舞したいのか?
その後は何となく微妙な空気だった。
褒められたら自分の力に変える。選択肢は自分が持っている。
褒められるとプレッシャーになる。その褒められた行為が基準になる気がする。
本当はただの気分屋なのに。
前に、子どもの教育について読んだことがある。
「褒めておだてて、できる子というレッテルを貼る」
子どもは期待を裏切れない。
確かに、基準を設けてそこからより高みを目指すなら悪いことじゃないか。
だったらのせられといて、他に掴めそうな何かを見つけたら飛び移ればいい。
間違っても気をよくして依存しない。
褒めるならさらっと風のように
自然に流れてきてそのまま去ってくれれば気持ちいい。
竜巻みたいに激しくされたら場がしらける。
前にどこかで聞いた言葉がある。
「褒めるなら人づたいで」
心理学的な手法で、好印象を与えたいときに使う手らしい。
確かに直接、褒め過ぎると「調子がいいやつ」と思われかねない。
最後に
褒めるって以外に奥深い。
だからって褒めたいことがあれば褒めればいい。
その時は気持ちの良いそよ風みたいに。